◆潜水艦の研究がきっかけ
オンパーは太平洋戦争時の潜水艦の研究をきっかけに誕生しました。 潜水艦のスクリューが出す音は個体ごとに違っており、その音を解析することで、どんな潜水艦が近くにいるのか手がかりをつかむことができます。戦争中にその音に含まれるノイズ成分を分析したところ、ジェット水流が生み出す超音波だと判明しました。戦後になって「この超音波を有効活用できないか?」という課題意識のもと、大学教授や旧軍隊関係者が集まってできたのが「日本超音波工業株式会社」です。
◆最初は順調な滑り出しでも・・・
最初から大学関係者なども参加していたため、オンパーは比較的早く医療機器の認定を受けました。また会社設立直前に大学教授へのインタビュー記事が新聞に掲載されたことも、順調な出発となった理由の一つです。しかし、導入後のお風呂の水漏れの原因と決めつけられたり、販売契約を結んだ相手の企業が倒産したりと、様々なトラブルも発生しました。このため他の設立メンバーの株を手放す形となり、最終的には初代社長の「若井利康」の個人企業となりました。
◆「バブルスター」騒動
80年代後半のバブル経済は遠い昔の話ですが、その時代に「バブルスター」というジェットバス製品があったことを、記憶している人はいるかもしれません。有名俳優を起用した広告戦略が当たり、一時代を築いた製品となりました。しかし、訪問販売法の違反容疑や、医療機器の製造許可をもたない業者による製造などの問題が発覚し、1990年に薬事法違反となって、翌年には事業停止しました。
◆「バブルスター」のおかげで知名度向上
バブルスター自体はオンパーの競合製品でしたが、バブルスターは販売時に、当社の創業者の若井利康が書いた『入浴革命』を使って宣伝したこともあり、オンパー自体の知名度もアップしました。バブルスターとは価格帯や性能・効果で棲み分けが生まれたことにより、「本物を求める人はオンパー」という流れになったのは当社にとっては嬉しい誤算でした。
◆平成に入り、失われた20年、そして30年
日本は平成になり、どんどん国力が落ちています。そんな中でも私たちが暮らしていけるのは、百円ショップに代表される日用品の価格下落の影響が大きいと感じます。街に「ダイソー」「セリア」などができる前は、ハサミやカッター、セロハンテープなど全てのモノが300円程度でした。それが今や全て100円で買える時代です。オンパーはバブルの頃から30万円の定価のままだったため、販売台数の低下が止まりませんでした。
◆最後の勝負「サブスク」と、その失敗
今、ネットフリックスやアベマなどサブスクリプションサービス(サブスク)を使って音楽やアニメなど様々なコンテンツを楽しんでいる方は多くなっています。家庭用オンパーを普及させるため、2台目社長となった私の従兄は2015年前後にオンパーをサブスクで提供することにしました。しかし、もともとの定価が30万円だっため、サブスク費用は月5000円となりました。またサブスクを解約した人から商品を確実に返却してもらうことの困難さ(世の中は性善説だけでは困難なようです)などが重なり、数年後にはサブスクからも撤退することになりました。
◆トヨタへの採用
ここまで家庭用オンパーについて説明してきましたが、整骨院などが使う業務用も存在します。その整骨院自体が「タイ式マッサージ」などの競合に押される時代になり、業務用の販売台数も低下していきました。そんな中、トヨタの工場でオンパーが採用されるという特大ホームランが生まれます。「工場で組み立てをする前に手先をオンパーで温めることで、製品品質の向上が見込まれる」という結果が、トライアル採用したトヨタの工場で結果がでました。これにより、トヨタに正式に採用されることになりました。
◆大手健康機器会社に業務用の事業譲渡
トヨタに正規採用されると今まで以上の生産設備が必要となります。このタイミングで業務用オンパーを、大手健康機器会社に事業譲渡することにしました。1つの製品群だけで商売を続けることのリスクなどを総合的に判断した結果のため、この決断は尊重すべきだと思っています。この時、家庭用オンパーの事業は、これまで何をどうやっても売れなかったので、事業停止となりました。
◆re.onpar(オンパー再生プロジェクト)
ここまでは初代と2代目の視点からオンパー物語を説明してきました。ここからは現在のプロジェクト責任者である私自身=若井寛の視点で説明します。
私自身はオンパーとは全く関係ない一般企業で働きながらも、家ではずっとオンパーを使ってきました。そのため事業清算の話を聞いたとき、家庭用については、まだチャレンジしてない可能性があると思いました。
①家庭用の定価を1/3の10万円にする
②動作音を小さくし、深夜でも気兼ねなく使えるようにする
これまでのオンパーはノズルを大量生産していました。これを3Dプリンターで一つずつ作ることで今まで出来なかった製品改良の余地が生まれます。独学で3DプリンターとCADを学び、これまでと同等の機能のノズルが出来たのは、清算すると聞いてから半年後でした。
それを2代目に見せ「商売はそんなに簡単な話じゃない。お前自身がやってみろ」と言われたのが、2021年の5月です。
(続きは後日)
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